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Strategy Paper 補講|Case Study

― Ryan’s Worldから考える、創作コストとヒットの生まれ方 ―

007では、「輸出額を最大化する政策」から「創作の循環を最大化する戦略」へ、と書いた。

では、その循環を太くするとは、具体的にはどういうことなのか。

この問いを考えるきっかけの一つになったのが、CGWORLDで読んだ、アニメ監督・りょーちも氏と株式会社OnakamaによるRyan’s Worldのアニメ制作の記事だった。
参考:CGWORLD「『ライアンズ・ワールド』で展開するショートアニメ制作 〜(1)りょーちも監督とOnakamaが挑むBlenderを活用したアニメ制作の“解放”」

Blenderを使い、少人数・分散型で制作フローそのものを組み替えていく。普通に読めば、「制作を効率化できる」「同じものを安くつくれる」という話に見える。

でも、私が気になったのはその先のこと。

制作コストが下がる本当の意味は、「安くつくれる」ことより、「失敗しても、もう一度試せる」ことではないか。

一回の失敗に必要な金、人、時間が小さくなれば、失敗が致命傷になりにくい。失敗できれば、再挑戦できる。再挑戦できれば、試行回数が増える。

エンターテインメントは、何が当たるかを事前に完全には読めない。ならば、ヒット率そのものを直接引き上げようとするより、ヒットが生まれるまで試せる回数を増やす方が、結果として創作全体のヒット創出力を高めるのではないか。

そこで見えてきた答えは、とても単純だった。

ヒットの確率を上げるより、ヒットが生まれるまで試せる回数を増やす。

そのことを考える材料として、Ryan’s Worldは面白い。

1.Ryan’s Worldは、巨大プロジェクトとして始まったわけではない

Ryan’s WorldのYouTubeチャンネルは2015年、まだ幼かったRyan Kajiと家族による動画から始まった。最初から世界的IPをつくる国家プロジェクトでも、大手スタジオによる大型企画でもなかった。

家庭で動画を撮り、YouTubeで公開する。反応を見る。そしてまたつくる。

もちろん、その後の成長には家族の努力、才能、タイミング、YouTubeというプラットフォーム、そしてPocket.watchなど多くのプレイヤーが関わっている。だから「低コストなら誰でもRyan’s Worldになれる」という話ではない。

重要なのは別のところにある。

最初の一回を試すために、巨大な資本も、放送枠も、大規模な制作組織も必要ではなかった。

2.ヒットは、「一発」で生まれるとは限らない

エンターテインメントでは、何が当たるかを事前に完全には読めない。

ならば重要なのは、「当たりそうな一作」を完璧に選ぶことだけではない。

思いつく。つくってみる。小さく出す。反応を見る。改善する。また試す。

このサイクルを何度回せるかが重要になる。

一回の挑戦に莫大な費用と時間がかかれば、失敗できない。失敗できなければ、試せない。試せなければ、新しいものは生まれにくい。

逆に、一回あたりの創作コストや公開コストが下がれば、挑戦できる人が増える。同じ人も何度も試せる。失敗から学べる。結果として、社会全体の試行回数が増える。

3.制作方法そのものも、試行錯誤できる

Ryan’s Worldの面白さは、出発点だけではない。

ブランドが大きくなった後のアニメーション制作でも、新しい制作方法が試されている。

日本の株式会社Onakamaとアニメ監督・りょーちも氏らは、Ryan’s WorldのアニメシリーズでBlenderを核にした2D×3Dのハイブリッド制作を実践してきた。シリーズごとにワークフローを試し、更新し、少人数でも機能する制作方法を蓄積している。

ここでも重要なのは、特定のツール名そのものではない。

作品だけでなく、「どうつくるか」そのものを実験できることだ。

制作方法が変われば、必要な人数も、期間も、コストも、参加できる人も変わる。その変化が、次の創作の入口を広げる。

4.政策が増やすべきものは、「当選者」ではなく「試行回数」

国や行政がエンタメを支援しようとすると、「どの作品を支援するか」という発想になりやすい。

しかし、未来のヒットを事前に当てることが難しいなら、別の考え方がある。

特定の作品を選ぶのではなく、社会全体で試せる回数を増やす。

例えば、低コストで使える制作環境。デジタルで届けやすい環境。小さなクリエイター同士がつながれるネットワーク。新しい制作技術を学べる機会。公正な契約や権利保護。創作活動を理解するためのデータと研究。

こうしたものは、「この作品をヒットさせる」政策ではない。

しかし、誰かが思いついたときに、試せる。失敗できる。もう一度試せる。そのための摩擦を減らすことができる。

5.「失敗できる」は、創作インフラである

成功を支援する政策は分かりやすい。成果も説明しやすい。

一方、「失敗できる環境をつくりました」は成果として見えにくい。

しかし、創作にとって失敗できることは贅沢ではない。

試行錯誤を必要とする産業では、むしろ基礎インフラに近い。

小さく試せる。失敗しても致命傷にならない。学んで次へ進める。新しい人が参入できる。

その状態が続けば、結果として予想外の場所から大きな作品が生まれる可能性が高まる。

6.国が選ぶべきなのは、「次のヒット」ではない

Ryan’s Worldを見て、「次はRyan’s WorldのようなIPを国家がつくろう」と考えるのは、おそらく逆である。

この事例から学ぶべきなのは、成功の型をコピーすることではない。

まだ何者でもない人が、小さく始め、何度も試し、世界へ届く可能性を持てる環境をどう増やすか。

国が選ぶべきなのは「次のヒット」ではない。

もっと多くの人が、もっと安く、もっと何度も試せる環境だ。

結び

ヒットは計画だけでは生まれない。

ならば、ヒットを当てる能力だけに賭けるのではなく、試行錯誤の総量を増やした方がいい。

政策は作品を選ぶな。創作の摩擦を減らせ。

ヒットの確率を上げるより、ヒットが生まれるまで試せる回数を増やす。

それが「創作の循環を最大化する」という考え方を、現場に下ろしたときの一つの答えだと思う。

※本稿はRyan’s Worldのビジネスや子どもの出演をめぐる論点全体を評価するものではなく、創作・制作環境における「試行回数」という観点に絞ったケーススタディです。