Skip to content

Strategy Paper 新稿

― 成功確率を最大化するほど、作品の分散は小さくなる ―

はじめに――「面白いのに、物足りない」とは何か

カプコンについて、「面白い。完成度も高い。それでも、どこか物足りない」と論じた文章を読んだ。

その指摘が面白かったのは、カプコンの開発力が落ちたとは考えていないことだ。むしろ逆である。個人の天才に依存せず、巨大な作品を高い品質でつくり、世界へ届け、継続的に成功させる組織能力は、以前よりはるかに高まっている。

問題は、その先にある。

組織能力が高まりすぎた結果、成功確率を最大化する仕組みそのものが、作品の分散を小さくしているのではないか。

企画審査。ユーザーテスト。ブランド管理。品質保証。過去データ。グローバル市場への適応。長時間遊べるコンテンツ。失敗を避けるためのレビュー。

一つひとつは正しい。大規模な投資を預かる企業として、やらない方が不自然である。

しかし、正しい判断を積み重ねた結果、すべての作品が「正しい作品」の範囲へ収束していくことがある。

ここに、成熟したコンテンツ企業が抱える逆説がある。

平均点を上げる能力と、外れ値を生み出す能力は、別物である。

そして、エンターテインメント産業には両方が必要だ。

参考:Infinite Joy「カプコンは、なぜ面白いのに物足りないのか」

1.平均点を上げることは、間違いではない

まず確認しておきたい。

作品の平均点を上げる組織能力は、明確な成果である。

かつては一人の作家やプロデューサーが抜ければ、シリーズも制作組織も弱くなった。今は、制作工程を標準化し、技術や知見を共有し、大規模なチームを動かし、一定以上の品質を再現できる企業がある。

これは「個性がなくなった」という一言で片づけてよい話ではない。

納期を守る。予算を管理する。世界中のユーザーが遊べる品質にする。ブランドへの期待を裏切らない。数百人、数千人の仕事を一本の作品へ統合する。

その能力がなければ、大規模なエンターテインメントは成立しない。

だから、組織化と作家性を単純な善悪で対立させるべきではない。

問うべきなのは、平均点を上げる能力を獲得した後に、産業全体として何を失う可能性があるかである。

2.成功確率を上げる仕組みは、なぜ作品を似せるのか

大作の開発費が上がれば、一本の失敗が企業へ与える損害も大きくなる。

すると、企画には多くの合理的な要求が加わる。

  • 既存ファンが理解しやすいこと
  • 初めて触れる人にも遊びやすいこと
  • 十分なプレイ時間があること
  • 海外市場でも受け入れられること
  • 過去に成功した要素を備えること
  • 宣伝時に魅力を説明しやすいこと
  • 続編や追加展開へ接続できること

どれも間違っていない。

しかし、失敗要因を一つずつ取り除く作業は、同時に「平均から外れる理由」も一つずつ取り除いていく。

尖った部分は、理解されにくい部分でもある。新しい遊びは、過去データがない遊びでもある。強い作家性は、一部の人に嫌われる理由にもなる。

つまり、失敗の下振れを抑える仕組みは、成功の上振れまで抑えることがある。

ここで見なければならないのは、個々の作品の優劣ではない。組織が生み出す作品群の「分布」である。

平均点は上がっているかもしれない。最低点も上がっているかもしれない。しかし、作品同士の差が小さくなり、分布の端にあるものが消えてはいないか。

完成度の向上と、創造性の拡大は、同じではない。

3.二つの能力は、目的関数が違う

平均点を上げる能力と、外れ値を生み出す能力は、使う仕組みも、評価方法も異なる。

平均点を上げる能力 外れ値を生み出す能力
目的 成功確率を高める 既存の成功条件を更新する
重視するもの 再現性・品質・予測可能性 固有性・新規性・予測不能性
主な手段 標準化、レビュー、データ、工程管理 個人の執着、小さな賭け、裁量、試行錯誤
失敗の扱い 事前に減らす 次の探索に使う
評価単位 一本ごとの計画達成 複数試行から生まれる分布
時間軸 今期・発売時点 次の市場・次の表現様式

平均点を上げる組織では、「その企画はなぜ成功するのか」を説明できることが重要になる。

外れ値を生む組織では、「まだ説明できないが、ここには今までにない何かがある」という状態を、すぐには消さずに残す必要がある。

前者は、既にわかっている成功条件を精緻化する。

後者は、成功条件そのものを書き換える。

同じ会議、同じKPI、同じ投資基準で両方を管理すれば、説明しやすい前者が必ず勝つ。

これは担当者の勇気の問題ではない。目的関数の問題である。

4.外れ値とは、最初から「大ヒット候補」に見える作品ではない

ここでいう外れ値は、単に売上の大きい作品ではない。

既存の評価軸から外れ、新しい遊び方、新しい表現、新しい観客、新しい価値の受け取り方を持ち込む作品のことである。

それは、企画段階では未完成に見えるかもしれない。不親切に見えるかもしれない。市場が小さく見えるかもしれない。社内の成功事例と比較できないかもしれない。

そして重要なのは、外れた企画の大半は、そのまま成功しないということだ。

外れ値を生む能力とは、「天才を一人当てる能力」ではない。多数の異なる試行を市場へ出し、失敗から学び、その一部が想定外の価値へ育つまで探索を続ける能力である。

だから必要なのは、一本の企画を当てる精度だけではない。

試行回数と、試行の差異である。

十本が同じ仮説を試しても、探索にはならない。十本が異なる仮説を試すから、産業はまだ知らない可能性へ触れられる。

5.企業に必要なのは、二つではなく三つの能力である

ここまで二つの能力を分けてきた。しかし、実際にはもう一つ、難しい能力がある。

  1. 平均点を上げる能力――大規模制作を安定させる
  2. 外れ値を生み出す能力――既存の基準から外れたものを試す
  3. 外れ値を削らずに大規模化する能力――固有性を残したまま、品質と到達範囲を広げる

三つ目がなければ、社内で面白い試作が生まれても、製品化の途中で普通の作品になる。

予算が増える。関係者が増える。ブランドとの整合性が問われる。想定顧客が広がる。説明責任が重くなる。そのたびに尖った部分が「リスク」として磨かれていく。

結果として、発見には成功したが、拡大の段階で発見したものを失う。

大企業と作家の協業が難しいのは、作家性を見つけることだけではない。作家性を壊さずに、組織の力を接続することが難しいからだ。

組織の仕事は、外れ値を平均へ戻すことではない。

外れたまま、遠くまで届けることである。

6.すべての作品を尖らせる必要はない

この議論は、「大企業はすべての作品を作家主義でつくれ」という話ではない。

巨大IPには、守るべき約束がある。多額の開発投資を回収し、世界中のユーザーへ安定した体験を届ける作品も必要である。

問題は、すべての企画を巨大IPと同じ物差しで審査することだ。

企業の中には、異なる三つの系統が必要になる。

  • 再現する系統:既存IPや大規模作品の品質と収益を安定させる
  • 探索する系統:小さな予算、短い期間、強い裁量で異なる仮説を多数試す
  • 接続する系統:探索で見つかった固有性を守りながら、企業の技術、資金、流通、宣伝を接続する

探索部門をつくるだけでは足りない。探索部門で生まれたものが、通常の投資審査へ戻った瞬間に平均化されるからである。

必要なのは、外れ値を見つける制度と、外れ値を外れたまま育てる制度を分けて設計することだ。

7.一社の経営合理性と、産業全体の創造性は一致しない

さらに視野を広げる。

大企業が大作の失敗確率を下げようとすることは、企業単体では合理的である。

しかし、主要企業が同じデータを見て、同じ市場を狙い、同じ成功条件へ最適化すれば、産業全体では作品の分散が小さくなる。

一社ごとの正しさが、全体の弱さをつくる。

これは、正木総合研究所がこれまで述べてきた「創作の循環」の問題でもある。

個人クリエイター。小規模スタジオ。中規模作品。巨大企業。出版社。プラットフォーム。イベント。ファンコミュニティ。

多様な主体が異なる判断をするから、産業全体として探索が起きる。誰かが間違えても、別の誰かが違う賭けをする。成功も失敗も分散する。

その分散こそが、予測不能な文化に対する強さになる。

だから、産業政策の目的は、すべての企業の成功確率を一律に上げることではない。

平均点の高い企業を強くすると同時に、小さな賭けが多数存在し、異質なものが市場へ出られ、失敗した人が再び試せる状態を守ることにある。

企業は成功確率を管理する。産業は可能性の分布を守る。

8.AIは平均点を上げる。しかし、それだけでよいのか

AIは、平均点を上げる能力を急速に民主化する。

文章、画像、映像、音楽、プログラム。一定水準のものを、速く、安く、何度でもつくれるようになる。制作技術へのアクセスが広がり、これまで作品を完成させられなかった人も、市場へ参加できる。

これは大きな可能性である。

一方で、同じモデル、同じデータ、同じ評価指標、同じ最適化を多くの人が使えば、成果物が似た方向へ収束する可能性もある。

AI時代に問うべきなのは、「AIで何本つくれるか」だけではない。

AIによって、どれだけ異なる仮説を試せるようになったか。これまで創作できなかった誰が参加できるようになったか。既存の市場では成立しなかった表現が、どれだけ外へ出られるようになったか。

AIを平均点の引き上げにだけ使えば、供給量は増えても、作品の分散は小さくなるかもしれない。

AIを創作の循環へつなぐとは、制作効率を上げることだけではない。

試行回数を増やし、試行する人を増やし、試行の差異を増やすことである。

9.国が支えるべきは、作品ではなく「分布」である

正木総合研究所は、これまで「国はヒットを作るな」と述べてきた。

国が次の勝者を選び、成功確率の高そうな作品へ資源を集中すれば、企業と同じ平均化を、産業全体へ拡張することになる。

政策が支えるべきなのは、特定の作品の完成度ではない。

  • 小さな企画が試作できること
  • 無名の創作者が市場へ出られること
  • 短い作品、狭い作品、説明しにくい作品にも流通経路があること
  • 失敗しても知見と人材が次の企画へ残ること
  • 大企業と外部の作家・小規模スタジオが接続できること
  • 売上以外の反応から、新しい価値の兆候を発見できること

政策が見るべき指標も変わる。

売上や輸出額だけでなく、新規IPの数、試作の数、新規参入者、少額投資の件数、作品規模の多様性、ジャンルや表現形式の分散、失敗後の再挑戦率、価値が次の創作へ戻る割合を見る。

公金で一つの正解を買うのではない。

社会がまだ知らない正解に出会える確率を、分布として買う。

国は勝者を選ばない。

次の勝者が生まれない理由を取り除く。

10.「創作の循環」とは、外れ値が生まれ続ける条件である

創作の循環とは、単に作品をたくさんつくり、売上を次へ再投資することではない。

創作者がつくる。作品が人へ届く。そこで価値が生まれる。収益、経験、失敗知、技術、人材、ファンとの関係がつくった人へ還り、次の創作へつながる。

この循環が重要なのは、成功を再生産するためだけではない。

次の試行を可能にするからである。

既に売れたものを、より上手につくり続ける循環だけでは、文化は更新されない。前回とは違う人が、違う方法で、違う観客へ向けて、違うものを試せること。その中から、いまの評価軸では説明できない作品が現れること。

それが、循環の先にあるべきものだ。

「八百万の創作」とは、作品数の多さだけを指す言葉ではない。

八百万の目的。八百万の規模。八百万のつくり方。八百万の届け方。八百万の成功と失敗。

平均へ収束させないこと。それぞれの違いが、違いのまま市場へ出られること。

創作の循環を最大化するとは、平均点を最大化することではない。

次の外れ値が生まれ続ける能力を、社会に残すことである。

結び――平均点の先に、未来はあるか

成熟した企業は、良い作品を安定してつくれる。

それは強さである。

しかし、その強さだけでは、次の表現、次の遊び、次の市場が生まれるとは限らない。

平均点を上げる能力と、外れ値を生み出す能力は別物である。

さらに、外れ値を外れ値のまま遠くまで届ける能力も別物である。

企業には三つが必要だ。

産業には、それぞれ異なる賭けをする多様な主体が必要だ。

国家には、その分散を短期的な非効率として壊さず、試行が続く条件を整える役割がある。

作品の完成度だけを見ていては、産業の未来を見誤る。

問うべきは、平均点が何点になったかではない。

その産業から、まだ外れ値が生まれているか。

そして、その外れ値を平均へ戻さず、世界へ届ける力があるか。

平均点は、今日の競争力をつくる。

外れ値は、明日の競争そのものをつくり変える。