Strategy Paper #005
― #001-004の4つの問いをつなぎ、ひとつの未来へ ―
これまで4本のStrategy Paperを通じて、日本のエンターテインメントについて考えてきた。出発点は、「日本のエンタメ産業をどう成長させるか」という、ごく普通の問いだった。
しかし考え続けるうちに、その問い自体を何度も疑うことになった。産業を成長させることが本当に目的なのか。韓国をはじめとする成功事例を追うことが本当に戦略なのか。国がエンタメを「育てる」ことは本当に良いことなのか。そしてAIという巨大な環境変化に対して、私たちは何を守り、何を変えるべきなのか。
#001から#004まで、別々の問いを考えてきた。しかし振り返ってみると、4つの問いは一つの考え方へつながっていた。
1.目的を問い直す――日本を、世界の「心の自由港」にする
#001では、そもそもの目的から問い直した。「日本のエンタメ産業をどう成長させるか」から始めると、売上、市場規模、輸出額といった数字が自然と最上位目標になる。
しかし、エンターテインメントとは本来、人間の心を動かすものだ。笑う。泣く。熱狂する。救われる。誰かとつながる。自分でも何かをつくってみたくなる。
だとすれば本当に考えるべきなのは産業規模そのものではない。人間が安心して心を開き、自由に表現し、創造し、好きなものを好きと言える社会をどうつくるか。その延長線上で、日本を世界の「心の自由港」として考えてみた。
2.戦略を問い直す――模倣ではなく、土壌をつくる
#002では、クールコリアをはじめとする海外の成功モデルを、そのまま日本が追いかけることへの違和感を考えた。成功事例から学ぶこと自体は悪くない。しかし、結果だけを見て制度や政策をコピーしても、同じものが生まれるとは限らない。
文化は工場製品ではない。作品が生まれる背景には、教育、生活、街、コミュニティ、企業文化、所得、余暇、価値観、技術、失敗への寛容さなど、無数の条件が存在する。見るべきなのはヒット作品そのものではなく、なぜその場所から面白いものが生まれ続けるのかという土壌である。
3.国家の役割を問い直す――「育てる」前に、「壊さない」
#003ではさらに国家の役割を問い直した。政策にはどうしても、育てる、伸ばす、選ぶ、集中投資する、という発想が入りやすい。
しかしエンターテインメントの世界では、何が次のヒットになるのかを事前に正確に予測することは難しい。今日の巨大IPも、最初から国家戦略として設計されたわけではない。小さな会社、個人の創作、同人活動、新しい技術、ニッチな趣味、一見すると無駄にも見える挑戦。その無数の試行錯誤の中から、突然大きなものが生まれる。
だからこそ「どう育てるか」の前に、「何を壊してはいけないか」を考える必要がある。長い時間をかけて培われてきた生態系は、一度壊れれば簡単には元に戻らない。
4.未来を問い直す――八百万の創作、八百万の届け方
#004では、AIという避けることのできない環境変化を考えた。AIによって創作の方法は変わる。しかし変わるのは「つくり方」だけではない。届け方も、収益化も、ファンとのつながり方も、企業のあり方も変わる。
だからAIを「人間かAIか」「既存産業か新興勢力か」という二者択一だけで考えない方がいい。大切なのは、選択肢を減らすことではなく増やすことだ。
プロもアマチュアも、大企業も一人のクリエイターも、新しい技術を使う人も使わない人も、それぞれの方法でつくり、それぞれの方法で届け、それぞれの方法で実ることができればいい。
5.4つの問いをつなぐと、一つの循環が見えてくる
ここまでをつなぐと、一つの構造が見えてくる。まず創作が生まれる。それが人に届く。そこで価値が生まれる。生まれた価値が、つくった人へ還る。その収益、経験、人材、技術が、また次の創作につながる。
つくる。届ける。実る。還る。そして、またつくる。
この循環が太く、長く、しなやかに続くこと。それこそが、日本のエンターテインメントの本当の強さなのではないか。
6.20兆円が悪いのではない
政府が掲げる海外市場20兆円という目標そのものを否定したいわけではない。問題は、20兆円という数字を最上位目標に置くことが本当に正しいのか、ということである。
輸出額を最大化しようとすれば、既に売れているもの、大きな企業、海外展開しやすい作品に資源が集まりやすい。短期的には合理的だ。しかし、その合理化によって、小さな挑戦や新しい才能やニッチな創作の余地が細れば、未来のヒットを生み出す土壌そのものを弱らせる可能性がある。
20兆円が悪いのではない。海外売上は重要な指標である。ただし、それは戦略の最上位に置く目的ではなく、創作の循環が強くなった結果として現れる重要な成果指標の一つではないか。
7.「輸出額を最大化する政策」から「創作の循環を最大化する戦略」へ
目指すものを変える。「海外にどれだけ売れたか」だけではなく、どれだけ新しい創作が生まれたか、どれだけ多様な人が挑戦できたか、どれだけ作品が人へ届いたか、どれだけ価値がつくった人へ還ったか、そしてその価値がどれだけ次の創作につながったかを見る。
国が上から正解を設計するのではない。自由に挑戦できる環境を守る。選択肢を増やす。価値をつくった人に、その価値が正当に還る市場をつくる。そして、その循環を壊さない。
結び
日本を、世界の「心の自由港」にする。そこでは八百万の創作が生まれ、八百万の方法で人々へ届き、八百万の実りが生まれ、つくった人へ価値が還り、また次の創作が始まる。
エンタメを「育てる」のではない。エンタメが勝手に育ってしまう社会を守る。
「輸出額を最大化する政策」から、「創作の循環を最大化する戦略」へ。
